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Lv.2-145




 ―――第9地域の話をしよう。

 僕が生まれた第9地域とは、宵未の血筋が代々その代表者として君臨してきた地域だ。
 宵未の血の身体的特徴は白い肌に黄金の毛髪、そして碧眼という鮮やかな色彩であり、比較的容姿端麗な―――否、似通った人間が生まれやすい。それは、近しい血族間での交配、及び『量産』を繰り返してきたが故の産物だった。
 そのなかでも僕は宵未の最高傑作といえる性能を備えた個体だった。
 それは、母胎のなかにいて代表者たる『コノエ』という名を冠することを許されたことで証明されている。
 僕は、生まれた時から第9地域の代表者だった。
 そしてそれは、僕にとっては苦痛でしかなかったのだ。
 子供の僕の周囲には代表者の側近として選ばれた同系色の人間ばかりが揃い、その誰もが僕を僕としてみる者はいなかった。何より僕のことを敬うふりをしながら誰もが僕という幼い個体を傀儡に使うことにしか意識を向けていなかったのだ。
 僕は人形だった。
 けれども僕は、確かに人間だったのだ。
 
「―――へぇ、あんたが『人間』? 面白いこと言うな。無感情無表情の綺麗だけど怒らせると怖い『殺戮人形』ってのが、実際の評価だろ?」

 ―――それを否定することはできない。それは僕の罪だからだ。
 とはいえ、僕の場合の『人形』とは、感情を表に出さないが故の蔑称ではあるが、実際の所、宵未の人間はその目立つ色彩と端正な容姿から、裏では『愛玩人形』とも揶揄されている。
 『性能』が伴わない、美しい容姿のみが遺伝した個体は、宵未の家の地位を保つために『取引』されていることは、それこそごく限られた貴族の間でのみの公然の秘密だった。
 この世界は、正直に言えば色があまりない。
 それは世界を二分する不破と不死眼の血筋が揃って暗色に偏った身体的特徴を持つからだ。
 特に不死眼は黒目黒髪が純血の証拠であり、不破も暗い赤髪に紫色の瞳が主だった色彩だ。その明暗に多少の差異はあるが、両家とも宵未のような彩度の高い色ではない。
 そして、そういったものたちの中には、この色を美しいものとみてまさしく『愛玩動物』のように飼うこともあるのだ。
 僕はそれに関して、正直に言えばくだらないことすぎて口を出す気にもならない。
 とはいえ、僕が代表者となり、宵未の仮初めの当主に据えられてからは、その悪習は縮小させている。それでも、僕の目の届かない場所で今もそうして『顧客』に宵未の個体が売り払われていることは事実だった。
 
「もちろん、うちにはわざわざあんたの手つきの『密偵』を抱え込む馬鹿はいない」

 ―――先の言葉は訂正しよう。
 確かに僕が完全にその取引を止めないことの理由の一つに、各地域に散った『個体』を『管轄』し、『密偵』として情報を集めていることは事実だ。それは僕の『能力』であり、宵未にとってというよりも僕自身の『目的』のためだ。
 しかし、それにも限度がある。確かに、僕の目の届かない純粋な『個体』が他地域に放出されていることは確かだった。

「それで、あんたの『目的』は? ただのインフラ設備の視察なんて馬鹿なことはいうなよ。そういった時点で、お前をこの場で殺す」

 低い、感情の消えた―――僕にとっては安堵の方が強い心地の良い声が鼓膜を打った。
 瞼を引き下ろし、再び世界では青く見えるだろう瞳を、声の主、僕の逃げ場を奪うように扉の前に立ち、宣言通り僕を殺害するための力を手にした更沙ヤマトに向ける。
 その整った容貌の中の緑瞳は感情の乗らない表情に反して憤怒に燃え、炎のようだ。
 僕はそれを、羨ましく思った。そうできることを、僕はとても羨んで、嫉ましくも思っていた。

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あきゅろす。
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